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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)208号 決定

抗告人 日本土地株式会社

相手方 丹原康夫

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙に記載する通りである。

記載に徴するのに、本件抗告の対象たる強制執行停止決定は、斎藤義正外一名が抵当権に基き相手方所有の抗告理由記載の不動産に対し申立てた神戸地方裁判所昭和三一年(ケ)第三二七号不動産競売事件において競落人たる本件抗告人のために同裁判所のなした不動産引渡命令(同裁判所昭和三二年(ヲ)第四四九号)に対し相手方から提起した請求異議の訴(同裁判所同年(ワ)第六〇三号)を前提とするものであることは明白であり、該命令は競落許可決定が確定し競落代金を完納した競落人に対し、債務者又は競売物件の所有者がその目的物件を引渡さない時に発せられ、これによつてその引渡が強制されるのであるから、形式的には競売によつて移転した所有権に基く引渡請求権を具現する債務名義の役割を果すものであるから、これに対し、債務者又は物件所有者が抵当権不存在による所有権の移転無効、(競落許可の実質上の無効)を理由として請求異議の訴を起すことも許されると解すべきであるから、かゝる訴を前提とする民事訴訟法第五四七条第二項の命令も又これを求めうるものというべきである。ところで、民事訴訟法第五〇〇条第一項が同法第五四七条第二項とその趣旨を同じくするように改正されて後は同第五〇〇条第三項後段を同第五四七条第二項の裁判にも類推適用すべきものと解されるが、原決定がその申請の許否につき実体的審査を経てこれを認容すべきものとしてなされたものであることは、抗告理由自体からも明かであるから、これに対してはも早不服の申立は許されないといわねばならない。

右次第であるから本件抗告はその理由の当否の内容に立入つて判断するまでもなく、すでにこの点において失当であるから、抗告費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用し、主文の通り決定する。

(裁判官 大野美稲 石井末一 藤原啓一郎)

申立の趣旨

申立人相手方間の神戸地方裁判所昭和三二年(モ)第八〇二号不動産引渡命令事件に対する強制執行停止の申請について同庁が昭和三二年七月三日なしたる強制執行停止決定はこれを取消す

との御裁判を求める

申立の理由

一、申立人は債権者斎藤義正外一人債務者北口繁一、物件所有者丹原康夫間の神戸地方裁判所昭和三十一年(ケ)第三二七号抵当権実行に依る不動産競売事件に於て別紙表示の物件を昭和三十二年五月二十二日適法に競落し同年同月二十四日之が競落許可決定を得同年六月十二日その競落代金全額金拾七万六千円の支払を了して右物件の所有権を取得し次で同年同月十三日不動産引渡命令を得てその執行に着手した

二、ところが相手方は右抵当権の基本たる債権は前記債権者、債務者及物上保証人たる相手方間に於ける調停手続上の和解契約即ち拾五万円の抵当債権につき元利金を集計して拾七万円となしその内弐万円を申立外北口が残額拾五万円を相手方が支払うと謂う創設的和解契約が成立したことに因つて前記競落前既に消滅していたから仮令競落許可決定が確定し且競落代金全額の支払が完了しても該物件の所有権が競落者たる申立人に移転する理はないと主張し申立人に対して請求異議の訴を提起し前述引渡命令の執行停止を求めその裁判を得て執行停止をなしたのである

三、然し乍ら相手方の所謂前記和解契約は単に調停案に過ぎないものであり加之調停調書作成前に属することであるから我々の通念に於ても前述債権に影響を及ぼすべき何等かの契約として成立(確定)せず従つて該債権及抵当権が消滅する理はないのであるが仮に相手方主張の如く前記調停案を和解契約なりとしても従来の利子を原本に加うることは債務の要素の変更に該らないこと即ち更改とならないことは学説及判例の一致するところであり又本来の債務者たる北口が弐万円の債務の支払契約を為している以上仮令相手方が債務の大部分につき支払の責を負うとしてもこれは旧債務者に新たな債務者を加へたに外ならないから之を以て債務の要素及債務者の交替による更改契約なりと看ることは難く寧ろ相手方が前記北口の為に債務の引受を為したものであると看るのが当事者の意思及一般の通念にも合致するものと云わねばならぬ

四、尚相手方の所謂和解契約が単なる調停案に過ぎないと謂う点について附言すれば凡そ調停手続上においては調停調書の作成を俟つてはじめて契約が成立すること、之を裏返して謂へば調停調書作成までは契約が成立しないことは勿論であるが仮に相手方の主張する如く之を調停成立とは別個の和解契約の成立であるとする為には該調停手続が何等かの形で終了することを要するであらう、ところが当時右調停手続は終了していなかつたのであるから相手方の主張の誤謬たるや論を俟たないところである(因に右調停は灘簡易裁判所に於て当事者間に合意が成立する見込がないとの理由で昭和三二年六月一七日調停手続終了の決議をなしその旨当事者間に通知済である)

五、更に百歩を譲り相手方の所謂前記和解契約が更改契約であると仮定しても右契約の当事者は旧債務に属した抵当権を新債務に移すことを承諾したものである

言うまでもなく抵当権は強力な債権担保の効力を有し且優先弁済権を有するものであるから右債権者等が債権の現実的満足を得る以前に何等の代担保も確保せずして前記抵当権の抛棄を為すが如きは条理上到底肯認し得ないところである

六、叙上に依つて明白の如く本件競売は実体法上有効に存在する債権に附従する全然瑕疵なき抵当権の実行としてなされたものであるから該競売手続の有効たるは論なく而して申立人は競落人としてその代金全額の支払を了したことに因り本件物件の所有権を適法且確定的に取得した以上本件競売はその手続を完結したことになり従つて相手方は申立人に対し何等の異議主張もなし得ないのである

とすると申立人に対し甚大な損失を与へる本件引渡命令の執行停止は失当であり速に取消さるべきものであると思料し本申立に及んだ次第である

附記

相手方は前述調停手続に基き強制執行の停止決定を得ていたものであり且強制執行が停止されていると信じて本件競売期日を知らなかつたと主張するけれども前者についてはその決定正本を執行機関に提出してはじめて該停止の効力を生ずることは民事訴訟法第五五〇条に明記するところであり後者については昭和三十二年四月十二日付競売通知書が相手方に送達されていることは相手方の本件執行停止申請書添付の疎明書類にも見えるところである

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